9/18 市川市議会議員 故 増田三郎先生告別式</a>
こんばんは、坂下しげきです。
今、帰宅いたしました。
疲れました。
昨夜は、色々あって眠れず・・・
二時間くらいの睡眠は、キツイですね。
本日の告別式は、10:30~
私が仰せつかりました弔辞は、10:40ころ~でした。
弔辞の内容を添付いたします。
若干違うかもしれませんが内容は、変わりません。
弔 辞
本日ここに
市川市議会議員 故 増田三郎先生 の
ご霊前に謹んで哀悼の辞を捧げます。
増田三郎先生
先生に育てていただきました坂下しげきでございます。
先生の突然の訃報に接し、その悲しみの大きさに震え、ただ絶句するばかりでありました。
9月1日にお会いした時は、いつものように元気なお声で叱咤激励をいただいたばかりでした。
先生にはまだ教えて頂くことが山ほどありました。
だのに、このようなかたちで先生にお別れを申し上げるとは、こうして御霊前に立っても、実感を抱くことができません。
先生に初めてお会いしたのは、今から15年も前のことでした。
私が秘書をしていた 元千葉県議会議長 金子和夫先生 の事務所に増田先生がお見えになった時が初対面であったと思います。
増田先生が市川市長選挙に立候補された平成9年9月から11月末まで、私は、増田先生の事務所でお世話になり、長く苦しい選挙を共に戦わせていただきました。
毎日泊まり込みの状態で先生と寝食を共にし、勉強させて頂いたことが昨日の事のように蘇ります。
政治家が選挙を一から教えるということは、自分の手の内を全て見せるということであり、なかなかできることではありません。
しかし、増田先生は、限りない包容力と政治信念で、私を育ててくださいました。
あの時の経験無くして今の私はありません。
当時22歳だった私にとって、増田三郎先生は、とてつもなく大きく、眩しい存在でした。
先生は、昭和32年に市川市消防局に入庁され、昭和61年12月には、消防正監・消防局長にご就任され、平成6年1月1日には、政令市以外では異例となる消防司監に任命されました。
消防局をご勇退後は、平成6年4月から平成9年9月まで市川市助役を勤められました。
増田先生は、その輝かしいキャリアはもとより、消防司監・助役という重職にあっても、常に現場に赴き市民と接する行動力をお持ちで、様々なアイディア・改革を実行されてきました。
平成11年に市川市議会議員となられてからも
「市川市のため」
という強い信念に基づき行動力を発揮され、行政職に対しても迅速に行動するよう常に鼓舞されておりました。
先生は、重責を担うべき者が
「どうあるべきか」身を持って私たちに示されました。
増田先生は、この市川市をこよなく愛されており、消防局入職から今日に至るまで、実に54年の長きにわたり、その情熱と愛情を市川市に注いでこられました。
先生の情熱と行動力により、市川市が大きく発展したことは、誰もが認めるところです。
先生は、ご家庭においても、尊敬される夫であり父であったと思います。
常に公務ご多忙の身でありましたが、ご家族に対する愛情は深く、今日の日をむかえた御遺族の方々の胸中は、断腸の極みとお察し申し上げます。
増田三郎先生、
先生の力強く、信念の通ったお言葉は、
もうお聞きできないのですか。
その優しい笑顔はもう見せては頂けないのですか。
増田先生、
先生に感謝を申し上げる時間も、ご恩に報いる 機会もないまま、旅立たれてしまうのですか。
万感胸に迫り、涙を禁じえません。
今はただ、先生のご高恩に報いんがため、先生が誰よりも情熱を傾け、一生を捧げてこられた「市川市の発展」に尽くしていくことをここにお誓い申し上げるばかりです。
どうかいつものように大きく優しいお心で、ご家族、私たちをお守りください。
増田三郎先生
本当に辛いことですが、先生に心からの尊敬と感謝を捧げ、惜別の言葉とさせていただきます。
どうぞ安らかにお眠りください。
合 掌
平成23年9月18日
千葉県議会議員 坂下 しげき
